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Friday, Apr 20, 2012
網膜剥離のメカニズムや治療方法の理屈を検索しまくっている。暇なのだ。
いまならにわか知識だけで、網膜剥離について結構なことが説明できそうだ。 僕の網膜剥離は右眼球奥の上側で起こっている。眼球の中では画像が逆さまに投影されているから、僕はいま下半分の視界が失くなっている。 最初は網膜に小さな「裂孔」(穴)が空いていたものが、おそらく半年近くは放置された結果、大きく裂けて剥離したとみられる。 網膜裂孔の初期段階では目の前を蚊のようなものが飛んでいるように見える「飛蚊症」の症状を呈する。 確かに思い返せば「飛蚊症」の症状は以前からあった。目の前を常にホコリのようなものが漂っており、そのホコリは視線と一緒に移動していた。僕はそれをコンタクトレンズの「汚れ」だとばかり思っていたのである。もうちょっと丁寧にコンタクト洗わなきゃなー、と。既に小さな穴が空いていたのだろう。 あまりにホコリの量が多い気がして面倒になり、メガネ生活に替えた。 そして2日目、コンタクトをしていないのに「ホコリ」が見えていることに気づいた。「ホコリ」の量が増えていることにも。 部活の練習中に空を見ると、青空に小さな粒々がたくさんあった。粒が見えるのは右目だけだというこにもようやく気づいた。目がおかしい、とはっきり認識したのはこの時だ。 遅い。 明日あたり眼医者に行こう、そう思いつつ部活続行。部員に球出しをする。手元とコートの向こう側とで視線を往復させている最中、突然右目下半分の視界が失くなった。おそらくあの瞬間に、網膜がべりっと剥がれたのではないかと想像する。 今回僕が受けたのは「硝子体手術」というやつである。 硝子体というのは目玉の中のゼリー状の物質で、こいつが網膜を引っ張っているのが剥離の原因である。だからこの硝子体を網膜から切り離し、吸い出してしまうという、非常に分かりやすい手術である。 吸い出した硝子体の代わりに、目玉の中にはガスが注入される。 ガスは空気よりも軽いので、上へ行こうとする。ガスが網膜を眼球の内壁に押し付けて定着させるのを助けるために、手術後は目玉の奥のほうが常に上にある状態、つまり顔を下に向けた状態をとらなければならない。 だから、つまり、手術後はずうっっっっと下を向いてなくちゃならないのだ。 座るときも歩くときも食事をするときも、とにかく顔を下に向けること。 飲み物はストローで飲む。寝るときも専用の枕を渡されて、うつ伏せで寝る。 最初から言われていたことではあるが、実際やってみたらかなり辛い。 下を向き続けることの身体的な辛さもあるが、何よりも人間て下ばかり向いていると、その、かなり分かりやすく気分が滅入ってくるのである。 これは術後の指示で仕方なく下を向いているだけなんだと思っていても、気持ちがどんどん閉じてくる。自分ばかりが不幸な目に遭っているような気がしてくる。 診察で一般の外来患者に混じって待合室で待たされている時など、周囲から浮き上がってるのが自分でもわかる。 いっそできるだけドヨンとしたマイナスオーラを放出するように意識してみたりする。 眼帯したパジャマ姿の男が床の一点を見つめながら身動きもせずに座っている姿は、周囲にはかなり不愉快に違いない。 下を向いてできることといえば読書くらいだ。カーテンを締め切り、ベッドの上で本を読む。 入院前のドタバタで、咄嗟に持ってきた本は「砂の女」とかである。もうちょっと明るい小説を持ってくれば良かった。 |
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▼新着コメント
▼すみません、コメント切れてしまいました。
その後白内障を発症しました。手術前に視力をどうすか聞かれました。もとの水晶体は遠近のピントを合わせることが出来るのですが、挿入する人工レンズは手元にピントをあわせるか、遠くにピントを合わせるか自分で選択できます。僕のときは高価だったのですが、最近はメガネで言う遠近両用のレンズも保険適用になったらしいです。僕は1.5位の視力に合わせてもらいました。手術は30分ぐらい、術後1泊入院でした。視力は回復しましたが、もとからあった乱視の矯正は必要でした。 | 水島 | EMAIL | URL | 2012/04/29 12:27 PM | 7tzlTfK. |
▼白内障は進行に個人差があるので軽いものであれば手術は行わない場合もあるようです。僕はもやが増えて行ったので、1年半後に手術しました。
その半年後には後発白内障の治療をしました。これは水晶体を包んでいる袋みたいなものをレーザーで粉砕します。これは通常の経過観察の通院時に30分ぐらいで行いました。 その後は快適です。 不安に思わせてしまったらごめんなさい。お医者さんを信頼していれば大丈夫です。ゆっくり治療してください。 | 水島 | EMAIL | URL | 2012/04/29 12:57 PM | 7tzlTfK. |
▼水島さん、
詳細レポありがとうございます。今いちばん僕が知りたい情報です。 「下向き生活」の苦労を共有できる方がこんなに近くにいらっしゃったとは!思わずじっくり読ませていただきました。 >3ヶ月ぐらいは片目だけで過ごしました。 結構大変だったのですねー。僕は眼内に入れたガスが徐々に抜けてきて、いまは右目の真ん中に小さく残っている程度です。視力もだいぶ戻ってきました。 昨日の診察で、下向き生活から放免のお許しが出ました。嬉しい!しかし既に下向きで寝る癖がついており、昨夜も下向きで寝てました。 >その後白内障を発症しました。 僕も白内障については聞かされており、同時に白内障の手術をするかもしれないと言われていましたが、結局術中の医師の判断で白内障については手術 | カニクリ | EMAIL | URL | 2012/05/03 10:13 AM | pjaDUCp2 |
▼白内障については手術しませんでした。発症するのかなぁ。どうせいつかやるんだったら一緒にやっといてもらいたかった気もします。
今度ゆっくり網膜剥離談義しましょうね。 楽しみにしてます。 ※昔伺ってたアドレスにメールをお送りしてみました。届いてないかもしれませんが… | カニクリ | EMAIL | URL | 2012/05/03 10:14 AM | pjaDUCp2 |
▼久しぶりに覗きに来てみれば…波乱万丈ですね。
ド近眼コンタクトの私には他人事ではありません。 怖いわ。 私も去年は波乱万丈過ぎでしたし、 今は疲れやすいわあっちこっち不調だわ、 ググるとたいてい原因に「更年期」って書いてあるわw どうかどうか、くれぐれもお大事に。また覗きます。 | 凛 | EMAIL | URL | 2012/05/06 08:26 PM | e2tM.UDc |
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Wednesday, Apr 18, 2012
手術は昨夜9時から始まりました。
さすがに事前のカウンセリングとかインフォームドコンセントは完璧です。 この手術では何がどういう流れで行われるのか、詳しく詳しく説明を受けました。 しかし僕の関心は手術そのものよりも専ら「どんだけ痛いか」に集中しており、 そこを尋ねても「個人差がありますね」と言われてしまうので、何よりもそのことだけが心配でした。 手術台に寝かされるなり、目玉にジャバジャバと液体をかけられました。これがどうも麻酔だったようです。 その後、たぶん目ん玉に注射をされたっぽいのですが、もはやよくわかりませんでした。 痛くもなんともなく、目をぐぐっと押さえつけられる感じだけがしました。 手術する右目だけが穴から覗いている布をかけられて、いよいよ手術開始です。 ホラー映画でよく見る手術の風景だったと思います。 事前の説明通り、目玉に3本の管が挿入され、なにやらやり始めました。 管が目玉の中にぐいぐい入ってくる感じはわかります。 視界は、途中までぼんやり見えていましたが、徐々に分からなくなりました。暗いプールの底から水面を見ている感じです。 ところどころ意識がすっ飛びながら、「あーすごく大きな穴が空いちゃってるね」「ほらここ」みたいなお医者さんどうしの会話は聞こえます。 途中ちょっとだけ痛み始め、なんかお医者さんたち忙しそうだし我慢するべきか否かと考えていると、 明らかに目玉の中をひっかきまわされている感じがし始めたので 「痛い痛い、痛いっす」と声を上げたら麻酔を追加してくれました。 それから更にひとしきりガチャガチャとやり、さらに目の中にバシバシとレーザーを打ち込まれた挙句(網膜を固定する「画びょう」のような役目をするそうです) 「うん、きれいにできた!完璧!」という声が聞こえ、手術終了です。 3時間くらいかかるかも、と言われていましたが、実際には2時間程度で終わりました。 僕はただ寝てただけで、思ったよりも楽ちんな手術でした。 痛くもなかったし(事前に「痛みに弱い」と申告してあったせいで、通常の倍近い麻酔を使ってくれたそうです)。 できれば手術の写真や動画を撮りたかったです。 自分の目ん玉に棒が3本も突き刺さってる状態ってなかなか見られないですからね |
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Tuesday, Apr 17, 2012
「厄年」はもう後厄まで過ぎているはずなのですが、その渦中にいる時期には大して悪いことは起こらなかったのです。
それが、満年齢でその歳になってからというもの、原因不明の高熱が続いたり、ぎっくり腰から椎間板ヘルニアが判明したり、あと諸々がっくりなことがあったりと「厄年」ってこういうことだったのかも、と薄々感じておりました。んでそこにトドメではないかと思われる事態がやってきたので記録します。 「網膜剥離」だそうです。 目の前にホコリがチラチラ舞ってるかんじがするな、と思ったのが 一週間くらい前。コンタクトレンズが汚れてるんだと思って気にしてなかったんだけど、 コンタクトを外したあともホコリが見えてる、しかもホコリの量が増えていることに気づいたのがその翌日。 ヘンだなーと思いながら子どもたちと部活してたら、 突然、ほんとに突然右目が見えなくなったのでした。 眼科医の診察によると網膜剥離の、それも結構程度の進んだ状態だということです。 原因は不明。極度の近視が原因になることもあるっていうけど、僕は両目0.1あるかないかくらいだと思います。 すぐに手術が必要らしく、今日から入院しました。いろいろ検査して、もうすぐ手術です。 網膜剥離自体はそれほど珍しくもないし、視力も戻るようなのでそこはそんなに心配してないのですが、問題は手術そのものです。 眼をいじるわけなので見たくないものまで見えてしまいそうで、まあぶっちゃけ怖いです。 目ん玉になんかいろいろ入れたり出したりするみたいですし。 頼りがいのありそうなお医者さんに「当然全身麻酔ですよね⁉」と確認したところ、 「いえ局所麻酔で頑張りましょう」と言われました。 激しくブルーです。嗚呼。 |
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Tuesday, Feb 14, 2012
「漢詩」をやっています。「春眠暁を覚えず」とか。
僕は日本の古典はあんまり好きじゃありませんでしたけど、 漢詩は別でした。今でも漢詩読むのは好きです。 レ点一二点上中下点を読み解いていくのがパズルみたいで面白かったってのもありますが、 描かれている風景を想像するのが好きでした。 教科書に出ていた詩で好きだったのが「江南春」です。 詩を読んでるのに、まるで絵を見てるみたいな気がしました。 「多少楼台煙雨中」というところが特に。 じんわりと静かで、春の明るい日差しが差す中に煙のような雨が音もなく降る。 あんまり先生の話は聞いてませんでしたが、そういうのをただボケーっと想像するのが好きだったようです。 まぁ今もまさにそんなかんじの生徒はいます。あんまり僕の話は聞いてなくて、教科書の中の、説明してるのとは別の詩を眺めてたりするやつ。 そういうのを見てると、なんとなく自分の中学生時代を思い出します。 つい、あんまり叱るのはやめとこうと思ってしまいます。 |
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Wednesday, Jan 25, 2012
僕はメールの返信が遅れてしまうことがとても多い。
それはなぜか。 「了解」とか「遅れます」とかで済む用件ならまだしも、 相手が送ってくれた文面・文量に対して自分もそれなりに同等な質と量で返したい場合には、一応書いてちょっとだけ時間おいてもう一度見てから送信…などと考えて下書き保存→そのまま翌日→返信のタイミングを逃し更に数日経過、ということが頻繁に起こるせいである。 まずは何でもいいから返してしまったほうがいいな、とは感じていたが、 そのような僕のメール作法について先日、あるやんごとなき人から突っ込まれた。 その人曰く 僕はメールの返信が遅い。遅いだけではなく、返信の内容にも不備が多い。 こっちはメール文面の中に思いを込め、それを散りばめて書いているのだから それらひとつひとつに対するリアクションがあって然るべきだが、お前から返ってくるメールにはそれがない、 こちらが投げた思い(1)については触れていても、さらに大事な思い(2)はスルーしていたりする、 つまりこちらの想いや意図に心を配ることができていないということだ、 メールというのはそういうお前の適当な感情が透けて見えるものなのだ、 というようなことを、こんなんではなくもうちょっと優しい言葉遣いで、しかし有無を言わさぬ様子できっぱりと、言われたのであった。 それを聞きながらああ、そうなのかぁ…それはすまんこってすくらいに考えていたのだが、 帰り道に色々考えていたら、なんだか非常に納得のいかないことだと感じ始めた。 その人はメールの信頼性を非常に高く評価しているのだろうなと思う。 僕は、メールなんて所詮文字媒体のやり取りであって、それ以上でも以下でもない、 そこに自分の秘めた思いとかそういうのを忍ばせようとすること自体が無理、と言うと言い過ぎかもしれないけどまあ忍ばせたとして、仮にそれが伝わらなかったとしてもその伝わらなかった責任を相手に転嫁するなんてナンセンス、くらいに思っているのだ、ということに、普段そんな事考えながらメールしているわけではなかったけれども、相手から言われて改めて考えてみた結果、気がついたのである。 つまり僕はメールなんてそこに書いてある文字以外信用していない。 逆に言えば、伝えたいことはすべて文字にすればいいことであって、 行間に滲ませるとか、そういうのほんとめんどくさいからやめて欲しい、というか、メールなんてそもそもそういうメディアじゃないじゃん、と思っていたのだった。 形にした以外のニュアンスとかそういうのを伝えたいなら、それができるのが電話なのであって、電話すればいいじゃんと思う。さらに言えばそういう曖昧な部分が一切ないのがメールのいいところだし、だから僕は電話が苦手でメールのほうがいいやと思っていたのに。あ、そういう言葉にできない曖昧さを何とか表現するのが「絵文字」なのだろう。ぼく絵文字使わないし。 だからえーとつまり何が言いたいかって言うと、 言いたいことは全部文字にしていこう、それができるように自分の筆力をあげていこう、それでもダメならあきらめよう、…ってこと?かな?うまく文字にできないです。でもまあメールはなるべく返すようにしたいです。以上終わり。(゜-゜) |
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Tuesday, Nov 01, 2011
単元は、「古文」に入っている。枕草子と平家物語。
年度当初からの懸案であった。 っていうか国語教員になることが決まった時点で、いちばん「大丈夫だろか」と思っていたものが「古文」である。 なぜなら僕は「古文」が大っ嫌いだったからであります。 自分が中学生の頃、国語の成績は良かったが「古文」だけはよくわからなかった。 多くの「国語が得意な人」がそうであるように、 僕もなぜか国語だけは勉強しなくてもだいたい理解でき、テストもそこそこ点が取れた。 しかし「古文」はそうはいかない。最低限のことは覚えなくちゃわからない。「サ変」とか「係り結び」とか。 残念ながら中学生当時の僕には、国語を積極的に勉強する習慣がなかった。 当然のことだが気づいたら古文のところだけがすっぽり抜け落ちており、 以来、古文に対する苦手意識を抱えながら今に至る。 そんな自分が「古文」を教えることになるとは。 いや、正直言えばこんな自分が「国語を教える」こと自体に不安があるのだがそれはまた別な問題として。 とにかく古文を楽しみながら読めるように。それが一番の目標である。 自分みたいに古文嫌いにさせないように、ということを意識しながらやっています。 |
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▼新着コメント
▼元気そうですね。合唱コン・娘たちも男子の愚痴ばかり・・・。どこの学校も同じなんだね。
ガンバってますね先生! 中学生って奇妙な生き物だなって思うこの頃です。 | mitsu | EMAIL | URL | 2011/12/08 09:56 PM | tqmAFqOw |
▼森川さんの教え子は
森川さんが文章朗読してくれるのを聞けるんだね~ いいな~ 贅沢な~。 | あゆこう | EMAIL | URL | 2012/01/09 04:39 PM | LirPfkRo |
▼森川くん、誰だか分りますか~?
先生になっていたなんてビックリです。 そろそろ10年経ちますよ、一緒に飲もうよ~(^O^)! | 伊藤ちゃん | EMAIL | URL | 2012/02/16 08:25 PM | DTbIUeiI |
▼…え??
伊藤ちゃんって…? 伊藤ちゃん…!? | カニクリ | EMAIL | URL | 2012/02/16 11:39 PM | veNzir5I |
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Tuesday, Oct 25, 2011
合唱コンクール本番。
2年生3クラスはどこが勝ってもおかしくない、優劣のつけ難い出来栄えだった。結構がんばって練習したな。 学年ごとに優秀クラスが表彰される。 結果は、B組が優勝。わがA組は受賞を逃した。ちょっと期待したんだけど。 発表後、実行委員や指揮者の女子たちが客席で泣いているのを見て、また酸っぱくなった。 それにしても、3年生の歌が1、2年とは段違いに上手であることには驚いた。 男子の歌声が安定するってのが大きな要因のような気がするが、1年でこうも変わるものか。 今年悔しい思いをした彼ら歌は、来年どんなふうになるだろう。楽しみ。 |
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Sunday, Oct 23, 2011
合唱コンクールが近い。
春の運動会と並ぶ、全校挙げての一大イベントである。 10月に入って、朝と放課後は学校中に練習する歌声が響いている。 教員も、手が空いていれば何となくその練習につき合うことになっている。僕も。 練習を見ながら、自分の合唱コンクールを思い出した。 合唱コンというのはいつも、本番までにひと揉めするもののようである。 問題は男子だ。 「合唱? ケッ」ってかんじで、歌いやしない。 歌ってみたところで、まともに練習してないわけだし、声変わりしてる奴もしてない奴もいるから出せる音域がバラバラで、ひどいもんである。 で、業を煮やした女子が「ちょっと男子ちゃんとやってよ!」みたいなことに。 僕は口出ししないで、ただ教室の後ろで見ているだけにしている。ああ、僕が中学生だったときもこんなかんじだったなぁ…と、やや酸っぱい気持ちで彼らをながめてしまった。 真面目に歌わない男子と泣き出す実行委員女子、それを慰める他の女子生徒。 さすがに女子に泣かれて少しは殊勝な顔つきになっている男子。 僕の時はたしか本番1週間くらい前にこういう展開になって、そこからクラスが一気にまとまっていったのだったが。 |
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Saturday, Oct 22, 2011
前に書いたとおり僕は「期限付き」教員なので、任用は年度内限り。
来年度の雇用は保証されていない立場でありました。 4月から無職ってのは非常に困るので今夏も教員採用試験を受験したわけですが、 週末その結果が出ました。 「合格」しておりました。素直に嬉しいです。 勤務校には僕を含めて3人の「期限付き」がおり、3人とも合格していました。めでたい! とりあえずこれでやっと正式に採用していただけたわけで、 来年度以降も教員として働かせていただくことができます。 ありがとう、教育委員会! …それにしても、おかしな制度です。 大学の卒業論文を書く際にこの制度の不合理性について調べましたが、 自分がその制度に振り回される立場になりました。 身をもって制度のおかしさを体験することができたのはひとつの収穫ではあります。 なんにせよ、これはゴールでもなんでもなく、 既に始まっている道程の通過点であることを改めて肝に銘じております。 多くの方から応援していただきました。 ありがとうございます。 |
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Friday, Jul 29, 2011
4ヶ月しか経っていないということが信じられないほどの濃密な日々を過ごし
一学期が終わりました。 書き残しておきたいと思うことがあまりにも多すぎて、結局何も書かないままになってしまった。 なにか大事件があったわけではなく、たぶん300コ/日くらいのペースで、細々としたいろいろなことを覚え考え感じた毎日でありました。 授業して部活して教材つくって期末試験つくって成績つけて 今更なのですが改めて自分が生徒たちを「教育」しさらに「評価」することの責任の重大さに震えました 夏休みに入り、少しだけ余裕ができてここまでの業務を振り返る時間を与えられています。 二学期からの自分に備えて、この夏は色々考えることが多そうです。 |
