森川佳紀のララララブライフ

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山谷にて
浅草近辺に超おいしいコーヒーを出す店があると聞き、飲みに行った。
町の喫茶店でありながら沖縄サミット晩餐会のコーヒーを担当したという
そしてあまりの美味しさにコーヒー嫌いのクリントンがお替りしたという
ちょっと出来過ぎのような
しかしコーヒー好きにはそそられる話である。

頑固親父(髭)が経営する昔気質な喫茶店を想像していたが、
予想に反して明るい店内と丁寧な店員さん達、
珈琲通以外お断りみたいな排他的な雰囲気もなく、普通の喫茶店だった。値段も普通。
コーヒーは確かにとてもおいしかった。
この店は泪橋の近く、いわゆる山谷と呼ばれる地域に位置しており
まぁ この場所でゆったりおいしいコーヒー、というギャップが奇妙な感じではあった。

満足して帰る途中、気になる居酒屋を発見する。
年季の入った店構えで、いかにも地元常連御用達風。日も沈まない早い時間で、客は誰もいない。
どうも気になる。入ってみたい。が、勇気が要る。何しろ場所が場所である。
しかし気になる。怖かったらすぐに出て来りゃいいか、とおっかなびっくり入店。

天井が高い。頑固そうな親父が広い店内にポツンと佇んでいた。
「いらっしゃい」みたいなことを言ってはくれたものの、ニコリともしない。少し怖い。が、この程度の取っつきにくさは当然想定内である。
壁の品書きを素早く見て、粗相のないよう「ウーロン茶」を注文する。バイクなので酒は飲めない。
「ウーロン茶?」と聞き返された。うちへ来て酒を飲まないつもりか、という責め口調に聞こえるが、単に確認しただけだった模様である。

注文してしまうと気持ちに余裕ができ、改めて店内をじっくり観察する。
店じゅうの窓が開け放してあって、坪庭が見える。壁には扇風機が回っている。映っているテレビはNHK。
コンクリのタタキにテーブルが5、6卓。そしてピカピカに磨かれたカウンター。

きれいな店だ。
そしてよく見ると、この店の中が恐ろしくきっちりと整頓されていることに気づく。
すべてのテーブルには割り箸・醤油・ソースが、まったく同じ配列で並べられている。醤油が右でソースが左、というような規則があるに違いない。
窓も、2枚のガラスを真ん中で重ね合わせ、計ったように等間隔に開けられている。
窓の外には「ハエ取り紙」(!)が、これも等間隔でぶら下げられている。
ビールケースや段ボールの類はすべて正確に、壁に対して90度の角度を守り、どれも「ぴたっ」という音がしそうなくらいに「ぴたっ」と並んでいる。

驚きつつさらによくよく見ると、これら「ぴたっ」「ぴたっ」としたものたちが、どれもピカピカなのである。
カウンターだけではない。テーブル、窓ガラスはもちろん、窓の桟、レールの部分、テレビの置かれた棚、テレビそのものも
恐らく3、40年は経っているだろう店内が、どこもかしこもピカピカに、黒光りするほど磨かれている。
そして恐らくこの店をここまでピカピカに磨き上げているのは、そこにムスッと立っている怖そうな頑固親父なのである。
頼んだつまみを出すときにも、親父は実に「ぴたっ」とテーブルの真ん中に置いてくれる。恐らくそういう「決まり」が、この親父の中にあるのに違いない。

あまりの居心地の良さに、ウーロン茶で長居する。
しばらく飲んでいたら、親父がムスッと僕に何やら差し出してきた。
小さなチューブのようなもの。
よく分からなかったが僕はそれを「接着剤」か何かかと思ったのだ。
自分でも気づかぬうちに椅子かなにかを壊していて、それを「直せ」ということか、とほんの一瞬だけ思った。
親父の示したものをよく見ると
「虫刺されの塗り薬」であった。
僕がいつの間にか蚊に刺された足を掻いているのを見て、持ってきてくれたのである。
驚くやら嬉しいやらで、「うわー!」みたいな、なんかよく判らない過剰なリアクションをしてしまう。
「蚊に刺されて痒い」とかいう会話をしていた訳でもない。ただ僕が足をボリボリと掻いているの見て、薬を持って来てくれたのである。
なぜだか感動した。
居酒屋の親父に感動を覚えるというのは、あまりない体験だった。

ホスピタリティというのとも若干違う気がするし
「こだわり」を押しだされる圧迫感もなく
ただただ親父は親父の中にある「決まり」に従っている感じ。それが心地よく、格好いいのだ

ネットで調べてみたら、案の定この店は「山谷の名店」として名高い店なのであった。
次はちゃんと酒を飲みに行こう。

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▼コメント
▼もりかわさんの日記はすてきです
これなんか短編小説になりますよ
| しおだたいぞう | EMAIL | URL | 2008/08/28 08:45 PM|













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